WinnyとP2P
1 管理人 2024-08-03 19:19
この記事の冒頭でも書いたように、映画『Winny』のSNS上での感想を見ると、「天才プログラマーが無理解な国家権力に潰されてしまった話」という理解の人が多く、実際金子氏という才能ある開発者を逮捕してしまったことが、日本のIT産業が立ち遅れた元凶なのだと考えている人もかなりいます。
実際映画の劇中では、もうひとりの主役である弁護士の壇俊光氏が、YouTubeが世界中で人気になっているというウェブ記事を見つけて(YouTubeが急成長を遂げたのは2006年なので、時期的には地裁で有罪判決が出てしまう前後ぐらいだと思われます)、「Winnyを潰した日本、YouTubeを育てたアメリカ」という対比で慨嘆するというシーンがあります。
しかし私は、この「純粋無垢な開発者VS無理解な国家権力の横暴」という理解には違和感があり、むしろこういう「安易なストーリー」でしか理解できない風潮こそが、日本を本当のイノベーションから遠ざけていると考えています。
…というのは、いくら金子氏にその意図がなかろうと、実態としてWinnyはほぼ著作権侵害の違法ファイル共有に使われており、種々の社会問題を引き起こしていたのは事実なわけです。そしてそれは最初期のYouTubeも同じだったし、そのことを問題視する風潮はアメリカでも等しく存在しました。Winnyより少し前に「無料で音楽ファイルを交換できる!」サービスとして人気を呼んだNapsterは開発者こそ逮捕されていませんが、米レコード協会やアーティストから提訴されて一度倒産させられてますしね。YouTubeも米メディア大手のバイアコムから著作権侵害をしているとして2007年に10億ドルの訴訟を起こされました(地裁で2度YouTube側が勝訴したのち和解)。
しかしその後なぜYouTubeは成功したかといえば、「新しい技術と著作権保護を両立するためにはどうしたらいいか?」について比較的初期段階から真剣に考えて話し合いの場を持ち、具体的なビジネス上の枠組みを作っていったからですよね。日本のニコニコ動画だって非常に近い道筋を辿っています。もっと言えばWinnyと同時期にアメリカで発表されたファイル交換ソフト「BitTorrent」も数多の違法ファイルが流通し、日本人含めアップロード者が何人も逮捕されていますが、2005年に開発者が映画業界の違法ファイル撲滅への協力宣言を出しています。
この辺りの話まで考えて初めて、「同じように金子氏に違法ファイルの流通を防ぐ措置を要請するやり方じゃいけなかったのか、警察が逮捕するのはやりすぎではないか」という論点にたどり着けるのではないでしょうか。
NHK放送文化研究所が発行する専門誌『放送研究と調査』の2007年6月号に掲載された記事「“YouTube現象”は何を問いかけたのか?」を読むと当時の国内テレビ業界の温度感も垣間見えて非常に興味深いのですが、既に「Napsterが訴訟で潰された」ということは業界内ではよく知られていましたし、しかも日本ではWinnyの開発者が逮捕されていたわけで、何の対策措置も行わずに著作権違反のコンテンツを流通させるのはこの時点ですら「プラットフォーマーだからと何もしなければ無傷では済まない可能性が高い」とわかりきっていたわけです。
そうやって「消えていった存在たち」と「生き残って世界的インフラになったYouTube」との違いを改めて考えてみて下さい。
単に著作権侵害を放置することなく、実際そこで使われた音楽や動画の著作権者にお金が行き渡る仕組みを社会が真剣に作り込めたことで、YouTubeはコンテンツの違法共有の場ではなく社会にとって大事な新しいプラットフォームに進化することができました。
そういう「アメリカの成功」の背後にあったのは、単に違法アップロードによる著作権侵害を英雄視するような論調ではなく、むしろ「新しい技術と著作権保護を両立するにはどうしたらいいか?」についての議論を徹底してやる風土だということになります。
言ってみれば「子供の自由な発想」と「成熟した大人な議論」の両方が大事だったわけで、単に「純粋無垢な開発者を潰してしまった無理解な国家権力」という「安易なストーリー」では“物事の半分だけ”しか理解できていないことになる。
アメリカの成功の背後にあるのは、「“子供”的な自由な発想を否定しない」部分ではなくて、それを実際のビジネス的構造に繋げる「大人の議論」の部分にあるはずです。
https://finders.me/kqFQpDM2MjU